ある日、ある夏

一生忘れられない BBQ 大会に参加

 6月(2011年)に入って間もないある日、笠井の事務所に1通のEメールが届いた。サンクチュアリ出版の I さんという女性からで、次のような内容だった。
 同社では、最近出版されたある本のプロモーションを兼ねて、江ノ島海岸の海の家を借り切り、「一生忘れられない BBQ(バービキュー)大会」というイベントを実施する。「ライブコンサート」や「巨大そうめん流し」「打ち上げ花火大会」などのアトラクションを企画しているが、加えて「巨大な砂の城づくり」というのをやってみたい。しかし、どうつくったらいいのかわからないので、講師役を引き受けてくれないか、というのだ。
 以前、千葉の海岸で「巨大なウ××」をつくった経験もあるので、同じようなことならできそうだと思い、I さんとメールをやりとりしながら準備を進めていった。
 当初はワークショップのような形を考えていたが、がっちり決め込んだものではなく、会場の前面の砂浜に、参加者から有志を募って大きな砂山をつくり、そこに適当に城をつくっていくということになった。かなり大きな城になりそうなので、笠井ひとりでは荷が重い。「江ノ城会」の有力メンバーである、幸山・村上・PATA さんに協力を依頼したところ、別件があった村上さんを除く二人から OK がもらえた。また、最近の出席率がよく、技量の上達もめざましい齊藤真澄さんに声をかけると、ふたつ返事で参加してくれることになった。

インパクトのある仔豚も登場

 そして、その日がきた。2011年7月9日土曜日。江ノ島西海岸に並んだ海の家の一軒「ビーチロック湘南」が会場である。14時開始ということなので、我々は1時間前に集合。会場正面の左手に築城の場所を定める。
 I さんにご挨拶すると(メールでのやりとりはあったけれど初対面)、2時から主催者の挨拶や乾杯があるので、砂の城は3時頃から始めたいとのこと。かなり時間があるので、ビールを飲むなどして時間をつぶした。
 そうこうするうち、棒に吊り下げられた仔豚がかなりの存在感をもって登場し、徐々に雰囲気が盛り上がっていく。チケット片手の参加者も詰めかけてきて、会場は人でいっぱいになった。やはり若者が多い。男女比率は4:6というところか。露出度満々のレディも視界にちらつき、こりゃ、明らかに女性上位だわ。
 開会から30〜40分ほどは、4人でしゃべりながらビールを飲んでいたが、「そろそろかな…」と席を立ち、スコップを担いで海岸へ向かう。いつもはスコップ1本だが、この日は大勢の参加者があるかもしれないので、I さんに頼んで2本のスコップと数個のバケツを用意してもらった。砂を削る金尺(かねじゃく)については、笠井が事前に20本を購入し(精算していただきましたが…)、必要な道具は充分に揃っている。

いつもと違ってにぎやかな築城

 海岸で砂を掘り始めると、すぐに数人の若い人が「お手伝いしま〜す!」とやって来た。スコップが3本(笠井も1本用意)あるので、どんどん山は高くなる。ほかの人にはバケツで海水を汲んできてもらい、水をかけては砂を踏み固める。20分ほどで、いつもの2倍くらいの大きな山になった。次に頂上の辺りをスコップの「ドハ打ち」で固めていく。ちなみに「ドハ」は「土羽」と書き、土木用語で、盛り土の法面(のりめん)を板などで打ち固めることを指す。
 頂上を平らにし、海の水平線と見比べて「水平」をとり、バケツのかたどりでタワーを造っていく。ところが、山が大きいので頂上が広場のようになってしまい、間が抜けることはなはだしい。そこで、中くらいのサイズのタワー4棟で主塔を囲むことにした。会員が指導しながら、参加者とともに複数のタワーを造っていく。
「え〜っ、できな〜い!」「むずかし〜い!」などと嬌声が上がる。普段、会員だけで築城するときは、クリエイター系の人間が多いためか、各自が黙々と作業を進めることになり、ときにオタクっぽい空気も漂うのだが、この日はまったく雰囲気が違う。すでに酔っ払い気味のお姐さんがやってきて、なぜか英語で叫んでいたり、実ににぎやか。ま、こういうのも悪くないか…。
 作業が中段にかかった頃、ふと気がつくと人数が少なくなっている。見れば数メートル離れたところで、7〜8名の参加者が、別の新しい城をつくり始めているではないか。やはり我々「江ノ城会」の会員は、従来やり続けてきた手順にこだわりがあり、型通りに作業を進めていくので、自由参加の若者たちには、それが“重い”のかもしれない。ま、我々の作業を見てやり方をおぼえ、自分たちなりの城づくりが楽しめるのなら、それはそれでいいじゃないかと鷹揚にうなずく。
 同じ頃、主会場で BBQ が盛大に焼かれ、上階から砂浜までの長大な流しそうめんも始まったりして、そちらにも人が移り始めている。我らが築城現場は、会員4人と、ほかには3〜4人になってしまった。
 そのこと自体はかまわないのだが、山が大きいので、この人数ではすべての方向に手がまわらない。当初のプランを大幅に変更して、下部をざっくり切り落とし、巨大なコロセウムのような形にすることにした。

バランス欠くも迫力ある城に

 築城に取りかかった時間が3時に近かったので、次第に太陽が傾き、夕方の気配が漂いはじめた。そんななか、大きな壁面にたくさんの窓やアーチを造り込んでいくと、徐々に完成型が見えてくる。
 会場ではライブが行なわれているらしく、音楽や歓声が聞こえてくるが、こちらは最後の仕上げに余念がない。さらに窓をつくり、胸壁を整え、周囲に溜まった砂を掻きとっていく。まもなく完成だ。
 サンクチュアリ出版の係りの女性がやってきて、城にキャンドルを飾りたいと言う。そう、数日前に I さんから、浜辺が暗くなったらキャンドルを立てて、城をライトアップしたいという提案があったのだ。面白いアイデアで大変結構だが、夜の海岸は風が吹くので、それなりの対策が必要だろうとアドバイスしておいた。係りの女性は、ガラス容器の中にキャンドルを立てたものを多数用意している。うん、これなら大丈夫かもしれない。
 辺りが薄暗くなってきた頃、ようやく城は完成した。設計変更のため、上部のタワー群と下部のコロセウムのバランスが悪く、美しさの点ではやや問題もあるが、サイズが大きいので、それなりの迫力はある。会の参加者や、通りかかりのギャラリーも、「すご〜い!」「大き〜い!」と口を揃えている。とにもかくにも、我らの責務は果たせたのではないだろうか。
砂の城2  砂の城ライトアップ

初めてキャンドルで照らされる

 疲れた。お腹が減った。実は、昼食をしっかり食べてこなかったのだ。
 会場に上がってみると、何回目かのそうめん流しが行なわれていた。端のほうに割り込んで、流れ来るそうめんをすくいあげる。うまい! ま、この状態では、何を食べても美味しいのだろうが…。
 BBQ の列に並んで、仔豚の丸焼きもいただく。これがまたマイウ〜! 2回、3回と並んで、どうにかこうにか空腹を満たすことができた。ビールは? もちろん飲みましたとも(笑)。
 さて、浜辺に戻り、ライトアップならぬキャンドルアップされた城を眺める。炎が海風に吹かれ、はかなげに揺れているが、それもまた風情。城はいくつもつくってきたが、こういうシーンを見たのは初めてで、ちょっとロマンティックな気分になった。
 宴は夜の8時まで続く予定になっているが、我々はお先に失礼することにして、I さんにご挨拶。こういうイベントがなければできなかった体験をさせていただいて、「 I さん、ありがとう!」の気持ちに偽りはない。
 すでに7時を過ぎてしまった。江ノ島近辺の店は信じられないくらい閉めるのが早い。9時まで飲ませてくれる適当な店があるだろうか? 疲れているので、境川沿いの商店街まで歩くのは「しんどいな〜」というのが本心。で、駅前をぐるりと見回すと、「道楽や ねこん家」という奇妙な名前の店が開いている。店の前面はオープンカフェ風だが、ウナギの寝床状に奥は深い。交渉してみると、奥の突き当りの“小上がり”というか、板の間みたいなところが空いているというので、上がり込んでどっかと座る。「はら減った〜!」「飲みて〜!」。その後はもちろん、暴飲暴食の嵐となったのであった。
 ここでひとつのミステリー。本来なら4名であるべきこの打ち上げの宴に、若き美女が同席し、5名で楽しく飲み交わしたのである。美女とは誰か? 謎は、いずれこのサイトで明らかにされるであろう(笑)。

メンバー

Text:N.Kasai

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